こんにちは、mikumoです。
皆さんは壁にぶつかった時どうしていますか?
僕は心に迷いや悩みを抱えた時に師に助言をいただいて、局面を乗り越えています。
といっても、勝手に師と仰いでるだけなんだけどね笑
以前に「涅槃」の記事で紹介したと思いますが、大愚元勝(通称:大愚和尚)様は動画「大愚和尚の一問一答」を配信され、書籍も出版されています。そこから日々学び、悩んだ時には教本として言葉をいただき、自分の支えとしています。
(参考までに)
つらい時はとりあえず寝ること|仏教の涅槃から学ぶ心が楽になる方法
僕は仏道に入信するつもりもなければ、弟子入りしたいわけじゃないけど、大愚和尚の言葉が心に刺さる刺さる。
部署異動があり、家に帰っても仕事のことが頭から離れない。毎晩毎晩、子供達を寝かしつけた後に深夜まで仕事して。
あの時は本当に辛かった笑。今は笑い話だけどね。
おまけに、性分なのか、友人にも家族にも相談ができないし、相談しても、僕が欲しかったのはただの慰めの言葉じゃなかった。
めっちゃわがままよね笑
でも、そんな時にたまたま大愚和尚の動画に出会って、本当に救われた。質問者に対する回答を聞いていると、まるで自分におっしゃっているかのように、お話をされていてね。
おまけに、YouTubeって次のおすすめ動画が出るじゃない?
それを見るとまたね、今欲しいと思った言葉を話されていて、もう泣きそうでね。
「あ〜、これは出会い。偶然じゃなく、必然だったんだな。」
と初めて人生で思った。嫁にも思ったことないのに笑
今日はそんな大愚和尚が出版されている本の一部を引用して、「学び」の紹介をさせていただきます。
副業を始めた僕だからこそ、刺さる話です。
なお、前提として、この記事は大愚和尚が出版されている本を読んで自分なりに解釈したものであって、本そのものの内容ではありませんので、その点ご理解ください。
また、僕の理解など浅いので、もっと読んでみたいと思われるのでしたら、ぜひ購入してみてください。参考までにAmazonリンクを貼っておきます。(アフィリエイトじゃないです)
『苦しみの手放し方』大愚元勝(Amazon)
その前に、大愚和尚について簡単にご紹介しますね。
大愚元勝(通称:大愚和尚)とは?
大愚和尚は、愛知県小牧市にある540年続く禅寺・福厳寺(ふくごんじ)の第31代住職。1972年生まれで、禅僧でありながら、実業家・作家・講演家・セラピスト・空手家という、とにかく多彩な顔を持つ方なんです。
実はこの方の人生がまたすごくてね。
3歳でお経を習い、10歳で僧籍を取得。でも、お寺のしきたりや重圧に反発して、一度はお寺を飛び出してしまう。その後、32歳で起業して複数の会社を立ち上げ、38歳で「やっぱりお寺に戻ろう」と決意。2015年、42歳のときに福厳寺の住職に就任されました。
お坊さんでありながら、起業も挫折も経験している。だからこそ、言葉に“リアルな重み”があるんだと思う。
2017年にはYouTubeチャンネル「大愚和尚の一問一答」を開設。視聴者から寄せられる人生相談に、仏教の智慧と自身の経験で答えていくスタイルで、今や登録者数は約70万人(2024年末時点)の大人気チャンネルに。著書も多く、今回引用する『苦しみの手放し方』(ダイヤモンド社)もそのひとつです。
大愚和尚から学ぶ2つのこと
今日紹介するのは、この二点です。
- インターネットを使えば「スキル」は身に付く。けれど「心」は身につかない
- 「一生懸命」や「本気」は人の心を動かす
これらをほんとに簡単に説明すると、
- 「心」を磨いたり「本質」に触れるためには、「効率よく学ぶ」のではなく「先生から直接学ぶ」ことが大切
- 一つのことを本気で取り組んでいる人の姿をみて、心を動かさなかった人はいない

ということ。
本業・副業をしていて、これには考えさせられる部分があって、僕の体験談から学んだことを書いていきます。
AIの正しい使い方とは?

最近Claudeが進化して、Fable 5というめちゃくちゃ優秀なものが発表されましたね。僕もその恩恵にあずかっている身ですが、
Xなどでは、その優秀さに
「こんなことできた〜」
「まじすげ〜」
みたいな、驚きと喜びの声が飛び交っていた、そんな記憶があります。
ところが!
数日で、急遽使用不可となってしまった。それにより、
「使用を見越して有料プランを契約していたのに」
「使えないのは困る〜」
などの阿鼻叫喚の投稿が増えている、そんな印象を持ちます。
これをみて皆さんはどう思われます?
僕は、AIを「道具」ではなく、「脳」もしくは「心臓」として仕組みに組み込むと、このようなことが起こるんだと感じました。
そして、それは正しい使い方ではないと感じました。
AIはほんとに便利なもので、制限はあるものの何でも教えてくれるし、文句も言わずにお願いした作業もこなしてくれる。
文書作成や資料作成、なんなら僕が書いているブログもある程度自動化ができる。
時間のない現代にとっては、とても便利なものです。
でもね、
「自分で資料を作らないと何となくプレゼンがうまくいかない。」
「自分でブログを書かないと楽しくない。」
最近こんなことを感じるんです。
また、AIに探してきてもらった情報は整理されていて読みやすい。理解もできる。でも
「何となく薄い。」
と感じる。調べてきてもらっておいて、何様だって話だけどね笑
一方で、意見や助言を求めたり、直接教えていただいたことを資料として作ると、自分としての資料が作れる。
少し意味合いが異なりますが、僕のブログは、僕が体験したことをベースとして、僕が学んだことを必ず書いている。
決して、AIに全自動でただの「情報」として書いている記事ではありません。だからこそ、
「誰かに伝えたい」
「何かの糧にして欲しい」
「誰かに伝わると嬉しい」
と思うので、記事を書きたいと思うのかなと思う。
本編では、空海(弘法大師)が直接教えを授かる「面授」について書かれており、教本を渡すのではなく、直接教わる意味や本質について書かれています。
僕は「何のため」に「誰のため」に仕事をしているのか。それは本業も副業も同じこと。
AIが盛んになってきているからこそ、考える必要があると感じました。
本気で仕事に取り組んでいるのか
二つ目の教えです。
皆さん「一生懸命」という言葉は知っていますよね?何度も使ったことがある言葉だと思います。
この言葉は、「一つの所に命をかける」という意味です。
この言葉を聞いてどう思います?
僕は二人の人が思い浮かびました。
一人目は僕の父。
父は、とある大手の証券マンでした。最後は部長という席で仕事を終えましたが、代表から公の場で父のことを評価されたと、母から聞いたことがあります。
父は、毎日のように「億」を超えるお金を動かしていたと聞き、万が一の時は責任を取って辞職するため、胸ポケットに辞表を持っていたと聞きました。
この現代で仕事で命を落とすことは考えにくいと思うし、父の仕事も命を落とすことはありません。でも、覚悟といった意味では、「命」をかけていたのだと思います。
だからこそ、評価されたと思います。
二人目は、とある災害関係のNPOの方です。
この方は、最初は災害とは無縁なお仕事をされており、縁があって今の法人に。今や日本各地で講演をされ、災害時には直接支援までされる、ほんとにすごい方。
そして、この方もとにかく周りからの信頼が厚い。
なぜか?それは本気で仕事をしているからだと僕は思います。
そして、逆に「僕は」?と思います。
先日、仕事が楽しくない…転職する前に。仏教の「四諦」に学ぶ立ち止まり方で仕事の悩みを書きました。(こちらもよかったら読んでね)
ここにも通ずると思いますが、
僕はどこまで本気で取り組んでいるんだろう?
と思うと、正直恥ずかしくなります。
また、副業についてもブログを続けていますが、まだまだ。心が挫けそうになる時もありますが、果たして僕は一生懸命なのだろうか?と。
毎日の積み重ね。
これを一生懸命続けていく、それによっていろんな方が僕のブログを手に取って読んでもらえるのかな。それが、副業につながるのかなと感じています。
本書では、吉田松陰が「人類が誕生して以来、一つのことに本気で取り組んでいる人の姿をみて、心を動かさなかった人はいない」という言葉を残したとあります。
「一生懸命」
今一度この言葉に向き合ってみるのも良いと思います。
まとめ
今日は二つの学びについて記事を書かせてもらいました。
どちらもよく考えればわかることでも、日常に溶け込んでしまったり、当たり前になると気づかないもの。
少しでも、皆さんの糧になれたら幸いです。
自由を身近に
また次の記事で会いましょう。


