こんにちは、mikumoです。
皆さんは、「今の仕事、本当に自分に合っているのかな?」と思ったことはありませんか?
僕は毎日思います。笑
なんなら、転職したいと思うくらい。
今の仕事に対して疑問を持ったら、どうしたらいいか?
結論から言うと、「転職」ではなく、「振り返る。そして積み重ねる」ことです。
僕の今の状況を交えて説明するね。
僕の置かれている状況
僕はある業界の仕事を15年以上続けており、現場から入り、今は事務をメインとした業務を行っています。会社は中規模ではあるものの、部署の異動等により、定期的な業務担当の変更があります。
仕事自体は嫌いではない。でも正直「楽しくない」と毎日感じることが多くなり、「辛い」と感じることもあります。
転職という方法も考えましたが、僕は40歳手前です。他業界に移るにしても、アラフォーのおっさんを会社が欲しがるとは思えない。一方で、同じような業界に移ったところで、あまり意味をなさないと思いました。
そうなると、今いる会社で自分がどう生きていくか?が課題になると思っています。
正直ね、詰んだな~って思ってます笑
副業がめっちゃうまくいってくれればね、ファイヤーできるんだけど、それも難しそうだしねぇ~
そんな状況です。
「振り返る」とはどういうことか
冒頭、「自分に仕事が合っているか?」と聞きました。
世の中にさまざまな仕事がある中で、天職といえる仕事に就いている方もいらっしゃると思いますが、大部分の方はそうじゃないと思っています。
僕の大学のころの恩師も
「自分に向いている仕事がないという人がいる。つべこべ言わず働け。」
とおっしゃっていたことを思い出します笑
僕も同意見で、適職は「探すもの」というより「育てるもの」だと思っています。
だからこそ、自身の状況を顧みることで、よい方向性をつかむ糸口を見つけられると考えています。
いやいや、振り返るって何を振り返ればいいんだ?それが何になるんだ?
と思いますよね?
なので、仏教の教えからひも解いていきたいと思います。
仏教の「四諦」|苦しみは自分の外側からやってこない

仏教には、四諦(したい)という教えがあります。「四つの諦(たい)」と書きますが、この「諦」は「あきらめる=投げ出す」ではなく、「真理」「物事を明らかに見る」という意味だそうです。
四諦は、お釈迦様が悟りを開いたあと、いちばん最初の説法で説いた、仏教の土台中の土台で
- ✅ 苦諦(くたい):人生は苦の連続である
- ✅ 集諦(じったい):苦には必ず原因がある
- ✅ 滅諦(めったい):原因を見極めれば、苦は取り除ける
- ✅ 道諦(どうたい):そのための具体的な方法がある

何が言いたいかというと、「人生は苦の連続だけど、原因が分かれば取り除けるよ」という教え。そして、この苦は自分の外側からやってくるんじゃなくて、自分の内側から生まれるということ。
例えばね、物事への間違った見方、思い込み、妄想、現実を正しく見ないことで、苦は生まれる。
僕で言うと、「楽しくない」と感じる原因が「苦」につながっている。そして「苦」となっている理由が見えてくれば、取り除くことができるということ。
八正道|「人生は一発当てるものじゃなく、積み重ねるもの」
じゃあ、その苦を手放すための「具体的な方法」って何なのか。
それが4つ目の道諦の中身、八正道(はっしょうどう)です。
名前の通り8つあるんですが、全部紹介すると長くなるので(笑)、今回の話に関係する3つだけピックアップしますね。
- 👉 正見(しょうけん):物事を思い込みじゃなく、正しく見ること
- 👉 正命(しょうみょう):正しい生活、正しい生計の立て方をすること
- 👉 正精進(しょうしょうじん):正しい努力をコツコツ続けること

ここで気づいてほしいんですが、八正道って全部、「日々の習慣」の話なんです。
特別な修行とか、滝に打たれるとかじゃない。毎日の見方、毎日の言葉、毎日の働き方、毎日の努力。それを整え続けること。
つまりお釈迦様の答えはこうです。
人生は一発当てるものじゃなくて、積み重ねるもの。
日々何を積み重ねていくか。それが、人生が苦に満ちたものになるか、明るいものになるかを分けていく。
これを知った時、僕は自分にこう問いかけました。
- ✅ 独りよがりで仕事をしていないか?勝手に抱え込んでいっぱいになっていないか?
- ✅ 「仕事をしたくない」という気持ちと「仕事が向いていない」を分けて考えているか?
- ✅ 「誰のために」「何のために」仕事を行っているか?
- ✅ 好き嫌いで仕事をえり好みしていないか?
結果はご想像にお任せします笑
僕が思ったことって、よく考えれば難しいことじゃないし、誰もが考えて感じる部分かなと。でも、自分事になると見えなくなる。
だからこそ、一歩立ち止まって今の自分を俯瞰してみる。
そこで、何が問題なのかを考えることが重要。
それと、僕は「凡人」そのもの。表舞台で活躍している方々と比べると、凡庸そのものです。でも、凡人には凡人の生き方があって、それは「日々を積み重ねること」。
毎日同じことを続けていると、気が付くとその手の専門家になっていることってあるじゃない?
今行っている仕事も同じこと。「いやだな」と思いつつ毎日こなす。それが積み重なると、その手のプロになる。
プロになれば人から評価を受けたり、志をともに歩む仲間もできるかもしれない。
積み重ねの先に「善友」との出会いがある

そして、日々積み重ねていると、同じ方向を向いた人との出会いも生まれます。これって、過去に書いた「善友」の話につながるんです。
過去のブログで「善友がもたらす四つの支え」という記事を書きました。そこで善友とは
「善き道へ導いてくれる友」「修行や生き方の指針となる存在」を意味することを書かせてもらいました。
お釈迦様の弟子の阿難(あなん)が、あるときこう質問しました。
「善き友がいるということは、修行の半分を達成したようなものですよね?」
お釈迦様の答えはこうです。
「半分ではない。善き友を得ることは、修行の全てである」
半分どころか、全部。それくらい「誰に導いてもらうか」は重要だってことです。
そして、そんな人と出会うためには、毎日を積み重ねる。研鑽が大切ということだと思っています。
まとめ
今日は解決法というよりは、向き合い方のことを書かせてもらいました。
辛い時には、撤退や環境を変えるという方法ももちろん重要です。
でも、「なぜつらいと感じるのか?」今一度立ち返ってみることで、気持ちの整理をつけることができたり、前に進むきっかけになるかと思いますので、ぜひやってみてください。
また、善友についても記事を書いております。良ければご覧になってください。
自由を身近に
また次の記事でお会いしましょう。

